決意・熱意[創業時を語る]
株式会社 キンダイ通信社
代表取締役 村山 光男

広告を取扱う仕事がしたいと夢を抱いたものの、扱う媒体がない。それなら自分で媒体を作ればよいと、昭和52年11月(1977年)にフリーペーパー、月刊紙サンデー情報を地元の天童で発行したのが創業の始まりです。

発行はしたものの、知名度はゼロの媒体に広告を出稿してくれるスポンサーは飲食店が主流で硬派系の企業からは全く相手にされず、苦労の連続でありました。チラシやパンフレットの企画制作を受注することで、収益バランスをとりながら事業を継続することができたようなものです。テレビやラジオの媒体営業もできる広告代理店はいつ認められる時が来るだろうかと待ちわびたものです。

平成元年1月に山形県内第3局目のテレビユー山形と代理店契約を結ぶことができたことで、仕事の輪が広がりました。このときは、広告屋から「アドバタイジングエージェンシー」に姿を変えた、歴史的な年だったと思っております。

今では、県内の全局が代理店開放されておりますが、地元新聞も含めた全媒体がフルオープンになった時が、真の県内広告業界の発展に寄与できるものと思っております。

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